谷川さんの言葉から

今日は2月29日だからうるう年。そんな2020年は大変な前半戦になりそうだ。誰も経験したことのないことが起きていて、こんな日が来ることがあるなんてと世の中の情勢を見ています。
なんだか色々試されているというか急速に成長しなければ、という無言の示唆を感じさえもしていて。落ち着くところへと落ち着いていくのだろうけど、その過程をわたしたちはしっかり見て,感じておく必要があるような気がしている。

昨日twitterを見ていたら、詩人の谷川俊太郎さんがInspire High という10代向けのネット配信に登場されるということで予告の動画がアップされていたのを見た。2分弱くらいの動画でこちらは誰でも見られるのでよかったチェケラです。

”「喜怒哀楽」と感動は別のもの”と谷川さんは話していた。悲しいとかうれしいとか、そういうのと感動は違う、心がじーんとする、それが感動するっていうことで、自分がそれをはじめて体験したのは音楽だったと。

喜怒哀楽と感動の違いをさらっと語られていることもさすがだなと思ったのだけれど、それ以上に、自身がはじめて感動した瞬間を自覚しているということにとても驚いた。

それからずっと、喜怒哀楽とは違う、心が動かされた瞬間、そのはじめては自分の人生のどこに起きたのだろうと一生懸命時間をさかのぼっている。時間ができたらそのことを考えている。あぁたどりついてみたい、と思うのだけれど、どうも難しいだろうと薄々感じている。でもあきらめたくない、その切望が何なのかとまたそちらも考えてみたり。
そこにはきっととてもいいものが眠っていると思うんだけどなぁ…

そんな明確な観察眼があったからこそ、詩人として長く活躍されてきたのだろうとまた谷川さんへの尊敬と憧れが増した一件だったし、感動の瞬間にわたしはちゃんと自分を見ていたいと扉が開くカギを手渡されたようなうれしい気持ちが、今。こんなときだから尚のこと、ね。

それで寝る間に『バウムクーヘン』という詩集を読み返していた。谷川さんの中に今もひそんでいる子どもの言葉を借りて全編かなで書かれた一冊。
その一遍に「くらやみ」という詩があるので、その一部を抜粋します。

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くらやみはおそろしい
いつのまにかこころにしのびこんでくる
でんきをつければ へやはあかるくなるけれど
くらやみはこころからなくならない

(中略)

わたしはくらやみをすきになりたい
ひかりにちからがひそんでいるように
くらやみにも くらやみのちからがひそんでいる
そのちからをつかって こころのうちゅうをたびしたい

:::


こんな風にかんたんに静かであたたかい、底の方から力をあたえてくれるような言葉で今、心を満たしておきたい、世界にひろびろと心を開いておきたい。

どんなに扉をかたく閉めても、窓にかぎをかけても、どこにも出かけなくても、マスクをたくさん準備しても(我が家には1枚もないけど)ひたひたと忍びよってくる今の不穏な空気や不安。それはいっそのこと招きいれて、コーヒーでも飲みながらじっくりと話しをしてみたらいいよね。

その正体が分かれば、そんなに怖いことではなかったと思えるだろうし、不安や憤りがあっても、今できること、やるべきこと、大切にすべきことなんかが明確になって、それを自分の意志で選択することで自由を取り戻せる。

世界は想いの表れだから。
一人ひとりの意志の力でこれ以上やみくもに不安や恐怖で彩らないようにしよう、くらやみにひそむちからをつかっていこう。そしてひかりのちからもつかっていこう。それはきっと日々にひそむじーんと心が動く瞬間。じーーん。

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