生物多様性って面白い

先日、坂田昌子さんという方の「生物多様性って面白い」という講演会に参加した。坂田さんは主に高尾山を拠点に活動されていて、時に国際会議にも出席するという世界の動きの最前線にもいらっしゃる方。かっこいいな。

生物多様性っていうと、日本では「生き物たち(人間以外の)の話でしょ」っていうような先入観が大きくて話がそこから広がっていかない現状があるとのこと。でも多様性の網の目の一部には当然のごとくわたしたち人間も含まれていて、ということは、その多様なバランスが壊れていくということはわたしたちの暮らしそのもののバランスがおかしくなっていくということにつながるのだ。よくミツバチがいなくなれば人間は生きられないと言われたりして、もちろんそれは現実に起き始めていることでとても問題なのだけれど、それよりもっと身近なことー地域固有の文化、”らしさ”がだんだん無くなっていく、と言われるととみんなピンとくることがあるんじゃないのかな。

坂田さんが関わっていらっしゃる「高尾山ツリーダム」のHPに

”地域の自然の多様性が消えてしまえば、全国どこに行っても同じ風景、同じ食べ物になってしまいます。生物多様性がなくなることは文化の多様性も失うことになるのです。
地域ごとで生き物たちがことなり、地域ごとで人々と生き物たちとの付き合い方がことなる。生物多様性の保全は、人間社会の多様性を守ることです。”

と書いてある。既に日本で起きつつあることだと思う。日本は南北に細長くて自然環境が多様な美しい島国で、地域ごとの違いがいろいろあって、それがわたしは心から好きだ。そんな違いが少しずつ均一に慣らされていっているという事実にはきっとみんな薄々気付いていると思う。ただ目を背けていたいだけ。その気持ちもよく分かるな。

ただ自然がそこにあって、その風土に根付いて生まれてきた暮らし方や知恵。そしてそれが文化になる。そんな当然の流れ、誰もそれが大事だとか守らなくては失われていくものとは思わなくてもよかった時代。豊かだなぁ。

そして失ってしまった多くの生き物たち(人の営みも含めて)の物語、紡がれる美しさ。本当に心から悲しいことだと思う。その悲しさはきっとこれからもずっと続いていくんだろう、この時代のスピードの中で。そんな時代に生きるわたし、わたしたちは何ができるのだろう。

そんなときにばななちゃんのnoteの「ひとつ減ればひとつ増える」を読んでいて、内容は全く別のことが書いてあったのだけれど(それはそれで感動しました)、「世界には秩序があるんだ」という一言を読んで、少し腑に落ちたように感じている。そう、この世界は大きな秩序に包まれていて、それはきっとわたしたちの思うこと以上のどこかでバランスが保たれているのだ。

失ってしまうことは悲しいこと。でもわたしたちは失われることがあるということを知ったのだ。その”意識をもちながら生きる”という姿勢は大きなことなのじゃないかと思う。当然のようにあるものなんてひとつもないのだから、きっと。

みんなで大切だと思おう、愛をもって他の生き物たちと暮らしていこう。

「人と人、人と自然のやり取りの中で自然を使う/生かす知恵とともに、自然を残していくことが多様性を守るために大切なこと」と坂田さんはおっしゃっていた。生態系の一員として人間が担っていた役割を、失われる前に残していくことが急務だと。

そしてわたしにできることで考えると今回の講演の中でとても印象に残ったことが生物多様性の中で「One Health」という概念で健康のことにも取り組みがはじまっているということ。生物多様性が失われればわたしたちの健康も損なわれるという視点なのだけれど、これも古い叡智の意識的な掘り起しのようにも思う。無意識にやってきたことや、これまで非科学的だからと言われてきたことの価値が認められて言語化されてはっきりと輪郭を得て共有されて新たな価値におきかわっていく。古いOSはどんどんアップデートされていくのだなぁ。

きっとこの「One Health」においてヨガや東洋的な健康観、身体感、世界観、はこれからますます本来の力を発揮することを求められていくのだろう。


自分自身を健やかにあらせてくれている全ての関わり、大きな流れの中で選択をしながら、そして時にゆだねながら流れていくいのち。これまでもあったイメージをもう一段明るく輝かせてわたしはわたしの中をのぞきこむ。そしてそこから広がる新しい景色に出会っていきたい。


(おまけ)成田ー関空の機内から見た富士山。飛行機から見たのは初めてで、そしてこんなにキレイに見えてラッキーハッピーでした。お天気がよくて、ビルがみっっちり埋め尽くす東京の街のすごさも、それを抜けると山々の緑が広がって、雪のついたアルプスの高い山も見渡せて、刻々と移り変わる景色に感動しました。宇宙から地球を見る飛行士さんの気持ちがほんの1ミリくらい感じられたような気がした。