日々感じることを綴りながら”今”を味わっていたい、自然の移ろいをなぞりながら美しさをたくさん見ていたい、そんな気ままな日記です。yogaのこともときどきは。

年末だなぁ

今日はどんよりとした曇り空で薄暗くって肌寒い一日だった。

一昨日の夜辺りから冷え込みはじめてやっと年末感が出てきた気がする。24日は深夜礼拝というのに誘われて夫と2人で教会に足を運んだ。23時スタートとのことで、22時過ぎに家を出るとしんしんと冷え込んでいて、満月を超えてほんの少しだけ欠けたお月様が明るく輝いていた。

冷たい夜気を吸い込んで、あぁ年末っぽいなぁと思った。こんな風に夜から出かけることって滅多になくて、このイベントっぽい雰囲気と寒さが相まって年末年始の非日常的な感じが一気にやってきて少しワクワクした。迎えてしまえば実家に帰省してやることもなくて時間を持て余すことになるのだけれど、あの高揚感はなんだろうね、と思う。

深夜礼拝で印象に残ったのは、牧師様のおはなしの中の一部。その昔、イエス様が生まれることが予言されて、人々は苦しさや悲しさもある日々の暮らしの中でもその未来への希望、光がやってくることを喜びにしていた、というようなくだりがあった。希望は「未来」にあった。時間は未来からやってくる(「違うことをしないこと」)、わたしたちが回避できるのは未来の苦だけ(「ヨーガ・スートラ」)・・・、2つのフレーズが頭に浮かんでぱちりとパズルのピースがはまったような気がした。それぞれが微妙に違うことを言っているようで実は同じことだよね。

イエス様の誕生というほど劇的なことでなくても、小さな希望はそれぞれの日々にあって、わたしたちは自分自身でも未来に種を蒔けるのだ。世界はそういう風に作られているのだ。それを見ていられるようにいようとここ最近思っていたことをまた改めて思った。根底にいつでも脈々と流れているキラキラと輝くものがあって、そしてその扉はいつでも開かれているのだ。

世の中を見ると色んな大変なこともあるし、自分の生活の中でも嫌なことも嫌な気持ちも小さくてもいくつもある。だけどそちらに引っ張られないように、そこからもう一つ深く潜って、芯からこの世界にくつろいでいたい、それがわたしの最近の願いだ。それは先日のリリーさんと尚登さんの音ヨーガのときに胸に浮かんできたサンカルパ。

そしてその調整をあれこれ、いろいろ。このHPをいじっているのもその流れ。シンプルに自分の流れを損ねずに、ただあれるように。自分がどうしたいというよりも、そうせざるを得ないという、そんな感じがする。いのちって本当に刻々と変化して、色を塗り替えてゆく。そしてそれは身体が変わっていくことといつも一緒にあるという不思議なようで当たり前のことのようで。そこがヨガの面白いところなのだなーと改めて思う今日この頃です。


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そして今年の師走はたくさんのもち、もち、もち!お餅が好きです。また週末に餅つきです。あぁいとうれし。

緑米

赤米

黒米。

もちろん白もありました。上等な滋賀羽二重。どれも無肥料、無農薬の自然栽培。

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