日々感じることを綴りながら”今”を味わっていたい、そんな気ままな日記です。

サモサを教えてもらった

先日料理会の仲間に誘ってもらってサモサを教えてもらった。上の写真はそのとき皆で作ったサモサ。サモサって、ヘイ、サモサ!って言いたくなるよね、言いたくならない・・・?

初めて作るような気でいたけれど作りはじめて実は以前インド料理屋さんでサモサを習っているはずだと思い至った。そのときは仕事で運営する側だったので、一通り作り方を頭に入れた程度で実際に手を動かすこともなくて、段取りとか時間通り終わるかとかバタバタと気付いたら終わっていた、という感じで作り方なんてほとんど覚えていない。記憶に残っているのはネパール人の気のいい店主の「大丈夫ね〜」というフレーズと大丈夫じゃなかったことが沢山起きたということ。いい思い出ではあるのだけれど。

ということで、人生2度目だけどはじめましての手作りサモサを教えてもらった。手作りサモサなんて大変そうな印象があったのだけど、4人で手分けして作ったおかげかわたしの中では「サモサ!簡単で美味しい!」というところに分類された、ありがたいことに。はじめて出会うものは、ハードルがいかに下がるかというのは大切なこと。

ざっくり言えば、具を作る、皮を作る、包む、揚げる、というパートになっていて、私の中では揚げるは=食べるになってしまっているので調理に含まれていない。中に入れる具がジャガイモとタマネギだけというのも良い。これにお肉が入るとなるとなぜかちょっと大変な気持ちになるのだ。同じ包む系で比較して餃子かサモサか、と言われたら私は断然サモサが簡単だと思う。包む数も少なくてすむし、おかずのようであり主食のようであるのもサモサのよいところだと思う。

それから今回浮上してきた謎があった。粉ものを作るときによく「耳たぶくらいのかたさ」という表現があるけれど、実はわたしはそれがよく分からないということに気付いた。このときも固さを見るときにこのフレーズがでてきて、他の3人は「耳たぶ、こんなものじゃない?」と納得の様子。わたしも触らせてもらったけれど、これが耳たぶなのか、それより固いのか柔らかいのかよく分からなかった。でも今回のテーマはそこではないはずで、ひとまず分かった様な顔をしてスルーしておいた。後日、同じ友人と白玉を作る機会があったので、実は耳たぶの固さが分からないと告白して、丁寧に教えてもらってやっと腑に落ちた。なるほどこれは確かに耳たぶだと思えたので、自分でサモサも作る自信がよりついたのかもしれない。

ということで昨日の夕飯はサモサがメイン。教えてもらったレシピの皮は薄力粉だったのに2割くらい全粒粉にかえた。耳たぶの固さを目指して納得したつもりだったけれど、一人で10個包むのは思ったより時間がかかって後半少し乾いて固くなってしまった。濡れ布巾をかけた方がよさそうだ。それから皮の油も少し減らしてもよかったかなと感じた。それでも揚げたては皮はサクサク、夫も喜んでくれて大満足の出来だった。

教えてもらったネジネジもキレイにできた。でも揚げると分かににくくなって残念。

鹿児島から送られてきたジャガイモ、先日いただいたジャガイモとジャガイモが豊富にあるのでまた作ろう。

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